東京高等裁判所 平成11年(ラ)597号 決定 1999年7月23日
抗告人
日本抵当証券株式会社
右代表者代表取締役
小圷律夫
右代理人弁護士
西坂信
同
渡部朋広
同
桝田裕之
相手方(債務者)
株式会社三正
右代表者代表取締役
満井忠男
主文
原決定を取り消し、本件を東京地方裁判所に差し戻す。
理由
一 抗告の趣旨
原決定を取り消す。
二 抗告の理由
別紙「執行抗告理由書」記載のとおり。
三 当裁判所の判断
(一) 記録によれば、(1) 抗告人は、東京都中央区京橋<番地略>債務者株式会社三正(代表者代表取締役満井忠男。以下「債務者三正」という。)の所有する原決定添付物件目録記載の各土地(以下「本件土地」という。)に平成二年九月一七日に設定登記がされた株式会社富士銀行の各抵当権について発行された東京法務局台東出張所平成二年五月二四日作成、同年九月一七日追加記載交付の抵当証券(証券番号第一一〇四二号)を所持し右証券上の抵当権を有するところ、平成九年一一月一二日東京地方裁判所に右抵当権の実行のため不動産競売手続の申立てをし、右裁判所は同月一七日競売開始決定をした。(2) 執行裁判所の同日付けの現況調査命令に基づく執行官片野耕造の平成一〇年一月一四日付けの現況調査報告書によれば、債務者三正は平成二年六月八日東京都中央区京橋<番地略>戸田建設株式会社(以下「戸田建設」という。)との間で右会社を工事請負人として本件土地上に東上野ビル(仮称)の新築工事請負契約を請負代金を四六億七六二〇万円で締結したところ、着工の後、注文主の債務者三正による中間金の支払がないため、戸田建設は、一部躯体部分(建方)の建築を完了したものの、平成四年二月二九日以降工事を中断して今日に至っている。右戸田建設は、右注文主に対して請負代金(中間金)残金一三億九七八〇万円と平成四年三月一日から平成九年一二月二五日までの遅延損害金二九億七八八〇万円余の合計四三億七六六〇万円余の債権を有し、右債権につき本件土地上に商事留置権が生じている旨を主張する平成九年一二月二六日付け上申書を執行官片野耕造に提出した。また、執行裁判所の平成九年一一月一七日付け評価命令に基づき提出された評価人亀田克実の平成一〇年二月二〇日付けの評価書によれば、本件不動産の一括売却評価額は四億四三八一万円であった。(3) 執行裁判所は、戸田建設の債務者三正に対する右請負代金等の債権四三億七六六〇万円余につき本件土地に対して商事留置権が生ずるとの判断の下に、平成一一年二月一五日本件土地の最低売却価格を〇円と決定し、同日これを抗告人に通知し、平成一一年三月二日、競売を実施しても差押債権者である抗告人に対して配当されるべき剰余はないとして、本件土地に対する競売手続を取り消す旨の決定をした。
(二) 右の事実に基づき以下検討する。
商人間の商行為によって債権者の占有に帰した債務者所有の物に対して生ずるいわゆる商事留置権は、事案によっては不動産を目的としても成立し得ると解され(商法五二一条)、もともと目的物の占有と被担保債権との間の牽連関係を要しないものではあるけれども、目的物を占有しているといえるためには、債権者が自己のためにする意思をもって目的物に対して現実的物支配をしていると見られ得る状態にあること、すなわち債権者に独立した占有訴権や目的物からの果実の収受権等を認めるに値する状態にあることを要すると解すべきである。これを本件についてみるに、先の事実によれば、工事請負人である戸田建設が債務者三正との間の建築請負契約に基づきその履行のために行う本件土地の使用は、請負の目的たる建築工事施工という債務の履行のための立入り使用であり、注文主である株式会社三正に対してのみ主張することができる立入り使用の権原であって、本件においては建物は未完成であるが、建物完成後建物引渡までの間戸田建設が建物を所有することが予定されていても、そのために本件土地の占有権原について取引行為がなされたともいえず、取引通念上、戸田建設が本件土地について対外的に独立した占有訴権を行使したり、本件土地からの果実を収受することなどを予定しているものとは認められないから、対外的関係からみれば、所有者である株式会社三正の占有補助者の地位を有するにすぎず、土地所有者の占有とは独立した占有者とみることはできない。したがって、このような工事施工という一時的な事実行為目的による土地使用は、商事留置権の成立要件たる「商行為ニ因リ自己ノ占有ニ帰シタル」債務者所有の土地に対する占有ということはできないと解すべきである。
このような工事請負人の施工土地に対する使用の性質は、建築工事が完了し建物が完成した場合においても変わることはない。すなわち、一般に工事請負人は完成の際に新築建物の所有権を原始的に取得し、注文主への引渡によって所有権が移転すると解されているので、竣工から引渡までの間は、建物所有のために敷地上に使用借権等を取得すると解する余地があるのであるが、右権原も工事施工という事実行為のために成立したものであり、注文主への完成建物の引渡しという限定された目的のために存続する一時的な権原にすぎない。したがって、このような土地使用形態も、商事留置権の成立に必要な前示の占有要件を満たすものではないと解される。
原決定のように建物工事請負人に施工土地に対する商事留置権を認めるとすると、抵当権等担保権の対象となっている土地の上に建物を建築し、意図的にその請負代金を弁済せずに(本件においては、弁済の遅滞のために本来の代金額の二倍以上の額の遅延損害金をいたずらに生じさせている。)工事請負人に土地に対する商事留置権を実行させて抵当権者に対する配当を減額ないし無しにするようなこと、すなわち抵当権の実効性を害するような操作も可能にすることになり、また無剰余のため土地に対する抵当権等の実行手続を事実上不可能にしてしまう事態を招く可能性もあり、担保権制度の秩序を乱す危険がある。さらに、本件土地の任意の買受人は、結局商事留置権によって担保された工事代金債権を弁済するか、本件土地を建物所有者となる注文主やその承継取得者に買取ってもらうなどせざるを得なくなり、その買受人の建物工事代金の弁済は注文主のための代位弁済になるだけであり、また、商事留置権の実行としての競売手続における配当も、注文主自身の債務弁済に当たると見ざるを得ない。そうすると、注文主にひとまず建物の所有権を帰属させることになるので、注文主に対する他の債権者等が存在すると、買受人が完成した建物の所有権を取得することや本件土地を買い取ってもらうことも法律上も事実上も保障されているわけではないから、結果として、利害関係者に実質的公平とは言い難い複雑な法律関係を残すのみである。結局、法定地上権の成立が見込めない完成建物の商品価値の下落の危険を誰に負担させて利害関係者の法律関係を処理するのが公平かという問題であり、建物工事請負人の工事代金債権を保護するために、短絡的にその施工土地に商事留置権を認めることが、その問題の公平な解決をもたらすものでもない。したがって、前記の占有の法理や取引通念に照らして考察すると、建物工事請負人に施工土地に対する商事留置権を認めるべき理由はない。
(三) このようにして、戸田建設の前記請負代金等の債権につき、本件土地に商事留置権の成立を認めることはできないから、これが成立するとして本件土地の最低売却価額を〇円とした決定及び無剰余であるとして競売手続を取り消した原決定はいずれも不当である。
四 よって、原決定を取り消すこととし、なお最低売却価額の変更など本件競売手続を続行させる必要があるから、本件を原審に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官鬼頭季郎 裁判官慶田康男 裁判官廣田民生)
別紙執行抗告理由書<省略>